木村の白い顔は、今や全体が赤く紅潮していた。左目からも涙が溢れてきた。それでも田嶋は話し続ける。
「ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル事件という判例があります。これは飲み会においてパワハラを認定した事件ですが、上司が極めてアルコールに弱い体質の部下に対し執拗に飲酒を強要したことなどについて会社の使用者責任を認め、慰謝料の支払を命じています。かなり特殊な事例です。ここまで悪質じゃないと裁判では勝てません」
ここで田嶋は言葉を止めた。心の中で五秒を数える。ここで雰囲気を切り替えるのだ。
「木村さん。今までお伝えしてきたことは優しくないと感じたかもしれません。しかし、日本という国における現実なんです。本当に会社の飲み会に強制的に参加させられたならば、業務に該当する可能性があります。パワハラとの認定は難しくても、業務として会社に残業代を請求することを上司や先輩に伝えても良いかもしれません。一定の抑止力にはなります」
田嶋は人事部らしく冷静に話し、口を閉じた。沈黙が会議室を充たす。