金曜日の夜、井澤は会社の同期と赤坂見附の韓国料理屋で待ち合わせした。
満水ハウスは新入社員を数多く採用するが井澤の年齢まで残っている同期は少ない。ほとんどの同期は支店の営業に配属されるが、ノルマが厳しく三年以内にかなりの割合が辞めていた。
そんな数少ない同期の西川と久しぶりに飲みに行くことになったのは、西川からの連絡がきっかけだった。
最初の配属場所がお互い近かったこともあり、新入社員の頃から情報交換や励まし合った戦友のような間柄だ。
「おー、井澤。久しぶり。焼き肉食べに行かない?」
西川は、そんな軽いノリで誘ってきた。
訪れた店は、まだ30歳台だったころに通っていた懐かしの店だ。マスターとおかみさんの二人でやっていて、カウンター10席と小上がりの二テーブルしかない。安くて旨いので、子育て世代だった二人にとっては行きやすかった。
久しぶりに訪れた店は、雰囲気は変わっていなかった。壁一面に芸能人やスポーツ選手の色紙が並べられている。しかし、全体的に見れば時間の経過を感じさせられるほどに古びていた。
「あらー、久しぶり。井澤君、西川君、元気だった?」
おかみさんが名前を覚えてくれていたことに驚きつつ、カウンターに腰を下ろした。おかみさんは相変わらず日本語のイントネーションが少しずれていた。
西川は左利きなので、井澤は西川の右側に座るのが常だった。
「お久しぶりです。今日は僕の愚痴を井澤に聞いてもらいたくて来たんですよ。」西川が切り出した。井澤は心に暖かいものが沸き上がるのを感じる。恐らく西川に愚痴や相談は無いのだ。自分を元気付けるために呼び出したということが井澤には分かっていた。付き合いは長い。西川の性格ぐらいは理解している。
「おかみさん、まずは生ビール二つね。それから、おまかせのコースでお願いします。」西川の明るい声が響く。
「相変わらずだな。」井澤は精一杯の思いで、その一言を発したが、西川は聞こえてないのか、お店を懐かしげに眺めていた。
(続く)
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