事実はケイザイ小説よりも奇なり

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【3月スピーチ①】(ヂメンシノ事件86)

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 「皆さん、新しく会長になりました平野です。今回、全社員向けに私の口から直接お話を伝えたいと思い、このような場を設けさせてもらいました。地方拠点の皆さんはDVDでの視聴となりますがお許し下さい。」

 平野は大勢の前でのスピーチが苦手だ。奥平は得意だった。むしろ進んで講演していた。こういう時の役割分担としては奥平がずっと前面に出てきていたのだ。しかし、今は自分しかいない。奥平に頼る訳にはいかないのだ。こんな時でも奥平に長く仕えてきたクセが出るようだ。頭の中から奥平の映像を追い払うと、平野は続けた。

 「これまでの一連の報道等で社員の皆さんは不安を感じていることでしょう。長く当社を導いた奥平前会長が退任し、新しい経営体制になりましたが、今後自分達の働き方はどうなっていくのだろう、この会社はどうなっていくのだろうと思っている方も多いのではないでしょうか。」

 ここで一拍、間を置く。このスピーチは何度も自宅で練習した。妻にも聞いてもらった。原稿は一言一句、自分で書いた。思いが先走りそうになる。早口になりそうだが、それでは伝わりにくい。あくまでも悠然と話さなければならない。そして従業員から信頼を得る一歩としなければならない。

 「お約束します。満水ハウスはもっと良い会社になります。これからは経営陣のガバナンス体制を見直し、よりオープンな、活気のある会社にしていきます。それには、社員の皆さんの協力が不可欠です。マスコミの報道なんかに惑わされないで下さい。木村新社長の新しい感性によって、満水ハウスは感覚ではなくロジカルで数字に基づいた経営を目指します。今まではお客様のためにやるべきと皆さんが思っても、それを経営に伝える場や機会がなかったのではないでしょうか。これからは、そんな場も作ります。しっかりとしたコンプライアンス体制に基づく透明性の高い経営を目指していくのです。」

 満水ハウスの本社にある大会議室には多くの経営幹部が集まってきていた。皆が平野を見つめている。それぞれに様々な思いがあるだろう。奥平に世話になったと考えている幹部も多い。今までバカにしていた平野が奥平を追い出したのだ。面白くないだろう。しかし、平野は奥平と親しかった幹部達を奥平と共に失脚させるつもりはなかった。誰と親しいかは関係ない。満水ハウスのために力を発揮してくれれば良いのだ。

(続く)

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ヂメンシノ事件