「すまん。肝心なことを伝えるのを忘れていたな。奥平会長は代表取締役を辞任された。奥平会長は取締役相談役となり、次回の株主総会で取締役も退任となる。本日の取締役会で決まった。だから、先程の私の指示を実行しても、君が窮地に陥ることはない。心配しなくて良い。」
成田の顔が赤くなる。混乱しているのだろう。それでも一言も驚きの声を発しないのはさすがだ。プロフェッショナルというのは、こういう従業員を言うのだろう。
「本当に心配しなくて良い。それよりも一刻を争うんだ。会長の部屋は封鎖、車は使用禁止、携帯電話もストップだ。今すぐだ。やってくれ。」
「はい。」
この部屋に戻って初めて秘書の声を聞いた。
「それでは失礼します。」
秘書が出ていくのと入れ替わりで広報部長の中居が入ってきた。
少し髪が薄くなってきているがダンディな男と言って良いだろう。声は少しかすれたようなハスキーボイスだ。いや、ただの酒やけかもしれないが。
急に呼び出されて焦って役員フロアに来たのだろう。おでこの辺りが少し汗ばんでいるようにみえる。
「よく来てくれた。すぐに記者会見を始めるぞ。手配を頼む。」
「何の記者会見でしょうか。」
「トップ交代だ。」
「え。」
「だから、トップ交代だ。」
「いや。トップと言いましても・・・・」
「だから、奥平会長が退任する。私は会長、草薙副社長は副会長、木村が次の社長だ。」
「ええと、いつ付けですか。」
「2月1日付だ。」
「今日は1月24日ですが。」
「言われなくても分かっている。すぐの交代だ。」
「しかし、取締役会の議題にはそのようなものは・・・・」
「無かったよ。つべこべ言うな。記者会見の手配をしてくれ。説明は後からだ。記者会見で私の説明を聞いてくれ。心配なら草薙さんに確認しろ。」
話をしている間にドアが空く。副社長の草薙が覗いている。頷いた。
「分かりました。早急に連絡します。今は午後5時過ぎです。午後5時半ぐらいから報道各社に一斉に連絡をしても、記者会見のスタートは一番早くて午後6時半となると思いますが、問題ないでしょうか。」
「問題ない。」
「記者会見には私と木村新社長で臨む。以上だ。」
「承りました。」
「とにかく詳細は後で説明する。よろしく頼むぞ。」そう平野が話をしている最中に、木村が部屋に入ってきた。緊張した顔つきだが、力のある目をしている。良い目だ。
「草薙さん、木村。次の戦いだ。よろしく頼みます。」
(続く)
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