事実はケイザイ小説よりも奇なり

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【1月24日取締役会⑨】(ヂメンシノ事件69)

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 「分かった。辞任する。」

 「え。」

 「平野社長。何度も言わせるな。辞任する。後は好きにせえ。」

 「ありがとうございます。このような形になって申し訳ありません。会長の名誉は守りますから。」そう言って平野は深々と頭を下げた。10秒ほどは頭を下げていたかもしれない。頭を上げた時には平野の心構えが出来ていた。

 「では、議長。」短く草薙を促す。

 「はい。それでは会長から辞任の申し出がありました。代表取締役を辞任されるということです。ご賛同頂けます取締役は挙手をお願いします。」

 会長を除く全員が挙手をした。

 「ありがとうございます。奥平氏からお申し出のあった辞任願いは承認されました。」

 終わった。

 勝ったのだ。

 全く高揚感はない。

 ただほっとしただけだ。

 「ところでわしがいなくなった後の体制はどうするんや。」奥平がぼそっと呟いた。

 はっと我に返った。まだ明確にはしていなかったが、この場で方向付けをしておくのも良いだろう。

 「木村を社長に昇格させます。私と草薙副社長は、それぞれ会長、副会長として社長のサポート役に徹します。私はある程度のところで身を引きますのでご心配なさらないでください。傀儡政権を作るつもりはありません。」

 「はっ。知らんわ。木村は見所がある。ちょっと早い気がするがええんちゃうか。」

 「ありがとうございます。そう仰ってくださると思っていました。」

 「しかし、草薙さん。平野社長が交代した後には、あんたに社長をやってもらおうと考えていたんやけど、あんたは社長にならなくて良いんか。」

 草薙が苦笑しながら答えた。「最後まで冗談がお上手ですね。私は老人ですからね。これからは若い方の時代ですよ。ご心配なさらなくても私も数年で引退します。」

 「もう好きにしたらええ。」奥平の言葉は力が無かった。奥平というカリスマの仮面がはがれた瞬間だったのかもしれない。ただの大阪の老人の声だった。

(続く)

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ヂメンシノ事件