事実はケイザイ小説よりも奇なり

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【1月24日取締役会③】(ヂメンシノ事件63)

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 退室後は取締役会を開催している会議室の二つとなりの部屋に秘書室のメンバーが通してくれた。

 隣の部屋ではなかったのは、自分が壁に耳をあてて議論を聞くことを警戒してのことかもしれない。いや、考え過ぎだろう。

 同席してもらっている弁護士二名は無表情だ。

 置かれているソファーに腰かける。

 弁護士二名は立ったままだ。平野の視線に入るか入らないかのぎりぎりのところにいる。これもプロのなせる技かもしれない。踏んできた場数が違うのだ。

 無言だった。

 壁の時計を見る。

 午後2時5分。

 どのような議論がなされているのか。

 自分はどうなるのか。

 悔しい。

 早く楽にして欲しい。

 何人が自分の味方をしてくれるか。

 この前に五反田の居酒屋で飲んだ東京西地区の支店長の言葉を思い出す。「この会社をここまで大きくしたのは会長ではありません。社長ですよ。」お世辞を言うタイプの人間ではなかった。ただ、淡々と指摘していた。

 そう。自分がこの会社を大きくしてきた。

 会長は大型の都市開発と海外事業に力を入れていた。しかし、その資金を出したのは自分が所管する国内組だ。安定的な国内事業があるから、新規事業に取り組めるのだ。
ジャケットの右の内側にあるポケットから紙を取り出す。事前に弁護士と打ち合わせをし、まとめたものだ。

 平野はジャケットの内側の左ポケットに財布を入れ、右ポケットに手帳を入れるのが常だった。

 資料をみても頭に入っては来ない。

 何度も確認した。流れは頭に入っている。

 大丈夫だ。俺はやれる。

 しかし、遅い。

 もう20分は経っている。まだ誰も呼びに来ない。

 どうした。早く楽にしてくれ。

 自分のいないところで自身のことが決められるのは、こんなにもつらいものなのか。
 もう一度、資料に目を落とす。

 やはり何も頭に入らない。

 弁護士をみる。

 無表情だ。

 その時、ドアが音もなく開いた。

 「社長。会議室にお戻り下さい。」

(続く) 

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ヂメンシノ事件