事実はケイザイ小説よりも奇なり

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【1月24日取締役会②】(ヂメンシノ事件62)

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 定刻5分前に入室をする。既にほとんどの取締役が入室していた。

 現時点で不在なのは会長だけのようだ。取締役の一人がこちらをみて驚いた顔をしている。平野は弁護士二名を伴って入室していた。

 「こちらは弁護士さんだ。本日の議事についてアドバイスを頂くことになっている。規定上、何の問題もない。」

 それだけ言い放ち、自席に座る。弁護士先生達はすぐ後ろに座ってもらう。

 この席に座るのは、これで最後だろうか。

 会長が入室してきた。緊張の欠片もない。

 一方で取締役の面々は緊張をする。空気が変わる。これが大物ということか。

 会長が奥の席に腰かけた。黒い革の椅子に深くもたれる。

 「では、取締役会を開催します。最初に社長の退任についてです。」奥平は最初からぶちこんできた。

 「なお、まずは今回の取締役会の前に開催しました人事・報酬諮問委員会の判断もお伝えします。結論は、社長の退任に賛成するというものです。委員会の判断は皆さんに資料をお配りしています。前回の取締役会でも議論をした五反田の取引事故における調査対策委員会の報告書に基づく判断です。では、この議事に際し、議長としては、利害関係人である社長の退室を求めます。平野社長、退出して下さい。」

 躊躇もよどみもない発言だった。会長はこちらを見ようともしない。

 社長として10年仕えた結果がこれか。

 平野は取締役会からの退席を当然に予想していた。

 弁護士に振り向いた。弁護士がうなずく。

 「分かりました。」

 自分の声だけが響く。

 椅子から立ち上がり、カーペットの上を歩く。弁護士も付いてくる。目を落とす。このカーペットはグレーではなかったのか。今見るとベージュだ。そんなことに10年間気づかなかったのか。この場で、そんなことを考える自分が笑えた。

 ドアを自分で開ける。

 まるで自分がいないかのように会長の発言が始まった。

 「時間がないから手短にまいります。議事に・・・・」

 後ろでドアが閉まり、声が聞こえなくなった。

(続く)

<エンディングが気になる方はこちら>


ヂメンシノ事件