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【11月30日真中と井澤③】(ヂメンシノ事件57)

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 「ちょっと待って下さいよ。何ですって。」

 「私は五反田の詐欺事件の責任を取り、退職させて頂きます。本件では、平野さんにまで多大なご迷惑をお掛けすることになってしまい、本当に申し訳ありませんでした。」

 「いやいや。どうしたんですか。まだ、委員会の報告書も出ていないし、当然に処分も出ていないでしょうが。」

 「いえ。秘書部長から内々に打診がありました。辞めてくれと。」

 「いや。私は知らないぞ。」

 「そうですか。しかし、私としては責任も痛感しておりましたし、いずれ辞めるつもりでおりましたので。ただ、この事件を最後まで処理出来なかったのが残念です。」

 「奥平会長のご意向か。」

 「それは間違いないでしょう。いずれにしろ12月の上旬には関係者の処分がなされると聞いております。」

 平野が言葉につまっていると、真中が口を開いた。相変わらず低い声だ。

 「そこで心配なのは井澤です。井澤へは温情のある対応をお願いしたいと思います。本事件の責任は全て私にあります。井澤を少しでも守ってやって頂けないでしょうか。平野さんも大変な時期だとは思うのですが、他に頼れないのです。私の最後の頼みです。どうか、よろしくお願い致します。」

 井澤が真中の横で驚いた顔をしている。普段は一重まぶたの目が細い男だったが、今は目を見開いていた。

 「いや、真中常務。何を仰っているんですか。今日は、改めて平野社長に謝りに行こうって仰っていたじゃないですか。迷惑を掛けたからって。そりゃないですよ。」

 「井澤君。今まで世話になったね。君はまだ学生のお子さんがいただろう。つらいかもしれないけど、会社を辞めることなんてせずに、もう一度頑張れよ。君なら十分に活躍出来る。」

 「それは反則ですよ。」

 井澤は下を向いてしまった。テーブルの上に置かれた左手が少し震えている。

 平野にとっても真中の話は衝撃的だった。そもそも、社長である自分が知らないところで物事は動いているのだ。

 「お忙しいところお邪魔致しました。改めて井澤をよろしくお願い致します。そして東京マンション事業部も面倒を見てやってください。皆、真面目にしっかりやっていますので。」

 真中の必死の思いが伝わってくるようだった。

 これが、真中が入室して来た時の違和感だったのか。すっきりしているように感じた理由が分かった。

 「真中さん。これからどうするんですか?」

 平野は思わず聞いてしまった。

 「そうですね。暫くはブラブラしますよ。何かをする気にはなれませんのでね。私をハメてくれた地面師達を探したいという欲求はありますが、探偵のノウハウなんて持ってませんしね。」

 自嘲ぎみに笑った真中の顔には影があった。やはり疲れているのだろう。

 「平野さんにはどうしても最初にご挨拶と、お詫びとお礼を申し上げたかったんですよ。仕事中にすみませんでした。」

 「いや。よく来てくれました。私が守れなくて申し訳ない。」

 真中は立ち上がると、深々と平野に頭を下げた。あわてて井澤も立ち上がり真中に倣った。

 平野も立ち上がり、軽く頭を下げた。

 そのまま真中は部屋を出ていった。平野を振り返ることはなかった。

 真中には二度と会うことはないのだろう。そう平野は実感した。

(続く)

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ヂメンシノ事件