事実はケイザイ小説よりも奇なり

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【秘書⑤】(ヂメンシノ事件54)

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 「あ、社長。」いつもよりは少しだけ赤い顔をした成田が声をかけてきた。

 「おう。」と声をかけすれ違おうとしたところだった。

 「あの、二次会に行きませんか。一度行ってみたいバーが近くにありまして、お付き合い頂けないでしょうか。」

 あまりにも意外な申し出だったため、平野の反応は遅れたが、意味を理解し返した。

 「財布を持って来いってことだな。分かった。」笑いながら伝えると成田も笑った。

 一次会が解散した後、平野は全員から離れて指定された店に一人で向かった。

 年期の入った木製のドアを開くと10名ほどが座れるカウンターと奥に半個室のようなテーブルの部屋があるだけの店だった。

 店の壁には様々な歌手のレコードが飾られており、店の奥にはレコードプレーヤーと大量の積み重ねられたレコードが並んでいた。

 マスターは平野よりも少し年上だろう。

 白いワイシャツと蝶ネクタイ、それにオフホワイトのベストを着用していた。きれいな白髪であり、少し長めの髪をオールバックにしていた。

 「いらっしゃいませ。」比較的高い声のマスターの声だった。

 「あの、成田で予約している者ですが。」

 「お待ちしておりました。一番奥のテーブルをお使い下さい。」マスターが奥の部屋を指差す。

 この部屋なら外から見えにくいため平野も余計な気を使わなくて済みそうだ。満水ハウスは東証一部上場企業であり、その社長である平野はそこそこの頻度でマスコミに登場していた。そのため、あまり顔が割れるような場所には出入りしないことにしている。その点、やはり成田に抜かりはなかった。

 テーブルに着くとほぼ同時にお店のドアが開いた。

 成田の顔が覗いている。平野を見つけると、少し笑顔になりながらテーブルに向かってきた。

 どうやら一人のようだ。

(続く)


ヂメンシノ事件