事実はケイザイ小説よりも奇なり

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【秘書③】(ヂメンシノ事件52)

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 平野が会社を出発したのは17:40だ。秘書の成田に『面倒だろうから一緒に社長車に乗っていくか』と聞くと、今日の主役である副社長担当秘書と一緒に同乗するという。

 乗車時には成田が助手席に乗り、副社長担当秘書が平野の左に座った。

 満水ハウスの社長車は伝統的にクラウンだ。現在の車種は、濃い紺色で少しメタリックな輝きを持つボディだった。

 女性が隣に座ることがほぼ無いため、平野は緊張してしまっていた。右窓の外を見ながら、副社長秘書とたわいもない会話をする。

 「旦那様の転勤で海外に行くということだったよね。」

 「夫は空調メーカーに勤めていまして、ベトナムで工場を新しく立ち上げるためのメンバーに選ばれたんですよ。それで私も一緒に行くことにしました。」

 「ベトナムは当社が事業をやっていないから、あまり行ったことはないんだけど、暮らしやすいのかな。」

 「物価は安いし、会社が用意してくれるマンションはかなり広くて快適みたいですね。でも、バイクと車が多くて空気汚染は相当ひどいみたいです。」

 「向こうには何年ぐらい赴任する予定?」

 「5年ぐらいと聞いています。恐らくあちらで子供を生んで育てていくことになるのではないかと思っています。ただ、病院も不安ですし、子供を育てるにも空気が汚いと病気にかかりやすくなりそうですし、心配なんですよね。」

 そんな会話をしている間中、成田は一言も発しない。ただ、前だけ向いて乗車していた。まさに成田らしい。

 イタリア料理のお店は当然個室を予約していた。

 平野が入った時には全ての参加者が揃っていた。

(続く)


ヂメンシノ事件