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【秘書④】(ヂメンシノ事件53)

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 役員は平野と副社長の草薙の2名のみだ。他に秘書部長がおり、3名以外は10名全部が女性だった。

 昔から平野は草薙と馬が合う。年齢も近く、草薙は平野の1学年年上だ。平野は経営企画や営業、草薙は財務と役割は異なっていたが、考え方は似ていた。二人とも基本を押さえるタイプだ。

 送別会は和やかな雰囲気のまま過ぎた。

 各秘書が秘書室に来たばかりのころの失敗談で盛り上がる。

 ダブルブッキングやスケジュールの入れ忘れなどもあるが、電話で相手の名前を間違えて聞き取ってしまうことも多い。

 一人の秘書は、羽田(はねだ)さんという工務店の社長を、ずっとハニダさんだと思っていたらしい。羽田社長の滑舌が悪いからではあるが、担当役員は毎回回ってくる電話メモを見ながら笑いを堪えていたそうだ。

 そんな屈託のない話を出来たのも、会長秘書の松本が不在だったからというものあっただろう。決して松本が嫌われている訳では無い。それでも、当然のことながら秘書は奥平と平野の間に何が起きているかを知っている。平野が話した内容どころか、平野が秘書室と飲みに行っていたと伝わっただけで、奥平の逆鱗に触れる可能性だってあった。

 奥平は秘書から人気が無かった。女性に対しては横柄ではないのだが、奥平が様々な役員・部長を怒っている様子を見ると苦手意識が湧くようだ。確かに、若い女性にとってみれば怖いだろう。その点、平野も草薙も温厚なタイプだったから女性受けは良かったようだ。

 会がお開きになる前に、平野がトイレに行くふりをして会計を済ましておいた。今回は全員分をご馳走しようと考えていたのだ。これぐらいの贅沢なら妻も許してくれるだろう。会計を終えて、本当にトイレに向かうと、成田が女性トイレから出てきたところだった。

(続く)


ヂメンシノ事件