事実はケイザイ小説よりも奇なり

経済を、ビジネスを、小説を通じて学んでみる

【競合先】(ヂメンシノ事件8)

 平野のデスクの電話が鳴った。

 「社長。」

 秘書の成田の声が響く。今日も活舌の良い声だ。無駄も一切感じられない。

 「マンション事業本部の真中常務からのお電話ですが、取り次いでよろしいでしょうか。」

 「ああ、繋いでくれ。」一瞬の沈黙がある。

 「真中ですが、少しご相談したいことがあります。今、お時間を頂いてもよろしいでしょうか。」

 「今日も単刀直入ですね。どうしました?」

 「先日ご一報させて頂きました五反田の海猫館ですが、やはり購入したいと思います。競合先が出てきまして。」

 「競合先というのはどこですか。」

 「いえそれが・・・・」

 「なるほど。ヤマトハウスですか。」

 「良くお分かりになりましたね。」

 「それぐらい分からないと社長業はやってられませんからね。案件としては、きっちりと利益を出せるんでしょうね?」

 「それは間違いありません。ただし、すぐに決断をする必要があります。2週間以内の判断を求められています。」

 「分かりました。それまで売主は待ってくれるということですね?至急で見に行きます。秘書にスケジュールは調整させます。それまでに物件概要、近隣のマーケット調査を出して下さい。それと、この物件取得について考えられるだけのリスクの調査です。急ぐ時ほど慎重にお願いします。」

 「承知しました。ちなみに、売主は売却代金の一部で当社の収益物件を買いたいとも言ってきました。相続対策です。うまくやれば更に収益が見込めます。」

「ますます良い話ですね。進めて下さい。」

 電話を切ってから平野は一つため息をついた。今までも、審査部署やコンプライアンス部署を飛ばして、先に社長決裁で購入を決めた物件は存在した。しかし、リスクは常にあるものだ。真中の判断には信頼を置いている。今回も何事もないことを祈るだけだ。うちのスタッフは優秀だ。下調べはしっかりとやってくれる。何より、当社のアパートも買ってくれる新しいお客様を掴んだのかもしれない。

(続く)

<今すぐに全文を読みたい方はこちら>


ヂメンシノ事件