事実はケイザイ小説よりも奇なり

経済を、ビジネスを、小説を通じて学んでみる

帝國銀行、人事部

帝国銀行、人事部30

「いろいろとご迷惑をお掛けしています。しかし、全行的な動きですので、どうかご理解下さい」田嶋は頭を下げた。 「分かっているよ。何とか営業事務のメンバーも戦力化するから」中村は安心したようだ。自分が副支店長時代に何らかの問題が起きたら、責任を…

帝国銀行、人事部29

田嶋は支店に入ると、まず副支店長宛に挨拶に行く。副支店長の中村は、入行店の錦糸町支店で一緒だった。その頃、中村はまだ4年目、田嶋は新入行員だった。 山内には、店内で変な勘繰りをされないように、近くの店舗に訪問した帰りに中野坂上支店にも立ち寄…

帝国銀行、人事部28

山内は、おとなしく優しい感じの同期だった。入行時から個人業務を支店で担当している。現在は支店で主任をしていたはずだ。山内のキャラクターを考えると本人がパワハラを受けることは想像しにくい。そうすると同僚の誰かが被害を受けているということなの…

帝国銀行、人事部27

夜遅くだった。 田嶋のスマホに同期の山内早苗からメールが入った。山内からメールが来るなんてことは、この10年はなかったはずだ。かなり前に同期会であったきりだ。そもそも、同じ銀行だから何か用事があれば、会社のメールで送れば良い。それを田嶋の個人…

帝国銀行、人事部26

「分かっていると思うが、三六協定の見直しは無理だ。現実的じゃない」田嶋は少々暗く、小さな声でつぶやいた。 「分かっているさ。この時代に若手行員を残業させまくると、それだけでブラック企業扱いだ。でも、若手の間は、一つひとつの仕事に時間がかかる…

帝国銀行、人事部25

「おう。変わりないか」島田がおしぼりをテーブルに置きながら言った。 「こちらは、相変わらずだ。人事に前向きな仕事は無いよ」田嶋は店員からおしぼりを受け取りながら言う。日本の居酒屋はおしぼりを出してくれる。これがどれだけ素晴らしいことか、日本…

帝国銀行、人事部24

銀行は同期の繋がりが深い。田嶋の同期は合併前の旧行ベースで100名程度だ。田嶋が入行して数年後に大手行同士の大合併があったが、いわゆる相手先の銀行の同期はあまり知らない。田嶋は就職氷河期真っ只中の年次であるため、同期は非常に少なかった。 入行…

帝国銀行、人事部23

「このように背広=スーツについては、会社が支給した場合に経費として非課税とはなりません。そのため、会社にスーツを従業員に支給するインセンティブはほとんど無いということになります。そして、私服として使え、給与所得控除もあるのだから、従業員個…

帝国銀行、人事部22

「この点については、国税庁がホームページの質疑応答事例で回答しています。背広など、私服としても着用できるものを制服として支給する場合、経済的利益の課税はどうなるかという質問に対してです。回答はシンプルで、所得税法上非課税とされる制服等には…

帝國銀行、人事部21

「それに、控除を使うためには確定申告が必要で、その確定申告に『この経費は業務のために使いました』と会社が証明する必要があります。これも非常に手間となります。会社に年間100万円もスーツを買ったから証明書にハンコを押してくれと従業員が頼んだら、…

帝國銀行、人事部20

「特定支出控除は会社員であっても年間の『特定の支出』の合計額が、給与所得控除額の1/2を超えた場合、その超過金額について所得控除を認め税金を安くするという仕組みです。この『特定の支出』として、8項目が挙げられています。一応記憶はしていますが、…

帝国銀行、人事部19

「ご質問頂いてありがとうございます。良い質問ですね」 田嶋は学生から質問が出る度に、このように伝えることにしている。質問しやすい雰囲気を作るためだ。 今の学生はSNSや就活サイトに何でも書き込む。印象が悪ければ、自分の名前が世の中にさらされかね…

帝國銀行、人事部18

ここは採用セミナー会場の片隅だ。田嶋は採用の手伝いで訪れていた。田嶋の目の前には数十人の学生が座り真面目にメモをしている。どの学生もいわゆるリクルートスーツで固めている。男性はネイビー、女性はチャコールグレーかブラックだ。個性を感じること…

帝國銀行、人事部17

山階が退出した会議室で田嶋は一人で天井を見上げていた。とにかく、今回は乗り切った。それだけだ。 今日も田嶋は面談後に本店に帰る。上司の伊東は、いつも遅くまで残っている。確かに忙しいのだろうが、人事部長が帰らない限りは帰らないという方が正しい…

帝國銀行、人事部16

「山階さんが言及されたのはあくまで地方裁判所レベルの判決です。最高裁で判決が出て、初めて日本全体でのルールが決まっていくのでしょう。当行としては、現行の人事制度および労働時間管理については問題が無いと考えています。でも私は貴店の担当です。…

帝國銀行、人事部15

「労働組合ですか」田嶋がやっと声を出す。 「そうです。私が管理監督者であることの理不尽さを教えてくれたのは、当行の労働組合の方ではなく、社外の金融機関の労働組合の方です。まだ加入はしていませんがね」 『やはり外部の労働組合だったか』田嶋は背…

帝國銀行、人事部14

三井倉庫港運事件(最高裁第一小法廷平成元年12月14日)という裁判例が存在する。人事関係者か労働組合関係者ぐらいしか知らないだろう。判決の要旨は次の通りだ。 「ユニオン・ショップ協定のうち、締結組合以外の他の労働組合に加入している者及び締結組合…

帝國銀行、人事部13

ユニオン・ショップとは、会社側が、労働組合との協定であるユニオン・ショップ協定を締結し、組合員ではないものを解雇する義務を負うことを内容とする制度のことを言う。単純に言えば、ユニオン・ショップ協定というのは企業内に会社が公式に認定する唯一…

帝國銀行、人事部12

「この通達をご存知ですよね」山階が暗い声を出す。 「これを知らない人事部担当は無能と聞きました。田嶋さんは明らかに驚いた表情をなさっていましたから、やはり知っているのでしょうね」そう言って山階は微笑んだ。先程まで田嶋の目の前にいた銀行の中で…

帝國銀行、人事部11

山階が示したペーパーは昔の労働省が出した通達だった。内容は次の通りだ。 都市銀行等における「管理監督者」の範囲(昭和52年2月28日基発第104号の2) (1)取締役、理事等役員を兼務する者 (2)出先機関を統轄する中央機構(本部)の組織の長で、1. 経…

帝國銀行、人事部10

「私は、山階さんが、労働時間、休憩、休日等に関する規制の枠を超えて活動せざるを得ない重要な職務内容を有していると思います。外為は海外とのやり取りですから、時間も海外支店に合わせる必要があると思います。そして、当行は主任調査役としての山階さ…

帝國銀行、人事部9

田嶋はイライラしながら、外見は神妙に首を縦に振る。しかし、山階は田嶋を見ていない。自分の世界に没頭しているようだ。 「残業代がつかない理由は、管理監督者は、自己の勤務において裁量の余地が大きいことから、労働基準法の適用を除外しても保護に欠け…

帝國銀行、人事部8

「田嶋さん。あなたは管理監督者がどのようなものか勉強しているのですか」 田嶋の目の前で、渋谷支店外為課の山階が怒気をはらんだ顔で話を続けている。 山階は外為課の主任調査役だ。入行して25年超のベテラン行員であり、半年前に渋谷支店に異動してきた…

帝國銀行、人事部7

田嶋のフルネームは田嶋貴男だ。タジマタカオ。人気のあった渋谷系バンドであるオリジナルラブのボーカルと漢字は一文字違い、読み方は一緒だ。一時期、オリジナルラブから派生して、あだ名を『ラブ』もしくは『ラブっち』と呼ばれていたことがある。田嶋は…

帝國銀行、人事部6

人事部に戻るとすぐに直属の上司である副部長の伊東に今回の面談の報告を行う。一通りの内容を聞いた後に伊東が口を開いた。 「田嶋さん、甘いですね。その木村という行員、総合職でしょう? 別に遠隔地に飛ばしても良いですよ。女性総合職に甘い顔をしてい…

帝國銀行、人事部5

木村が会議室から出ていくのを見守る。その後ろ姿に最後に声をかけた。 「私は、銀行は人が全てだと思っています。これからもご意見を気軽にください」 木村に聞こえたかは分からない。扉が閉まった瞬間に、パイプ椅子に座り直す。 『疲れた』田嶋の率直な感…

帝國銀行、人事部4

「ありがとうございました」かぼそい声で木村が頭を下げた。顔を上げた時には、瞳に少し光が感じられた。 「田嶋さんのように法律にまで言及して説明してくださった方はいませんでした。さすが人事のプロなんですね」 ここからがだめ押しだ。田嶋は優しい口…

帝國銀行、人事部3

木村の白い顔は、今や全体が赤く紅潮していた。左目からも涙が溢れてきた。それでも田嶋は話し続ける。 「ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル事件という判例があります。これは飲み会においてパワハラを認定した事件ですが、上司が極めてアルコール…

帝國銀行、人事部2

ここは帝國銀行目黒支店の殺風景な会議室だ。床はベージュかグレーか良く分からない色のタイルが敷いてあり、何かを引きずった跡があちこちに見られる。壁際には、折り畳み式の椅子とテーブルが畳んで並べられている。田嶋は木村と広い会議室で向き合ってい…

帝國銀行、人事部1

「納得いきません」 目の前で、新人の女性行員が涙目で抗議している。 「なぜ、私が支店の雰囲気を悪くしていると言われなければならないんですか。支店の飲み会は業務ですか。強制的に参加しなきゃいけないなんておかしいですよね」 向かい側に座っている田…