事実はケイザイ小説よりも奇なり

経済を、ビジネスを、小説を通じて学んでみる

ヂメンシノ事件

【10月19日自宅③】(ヂメンシノ事件36)

部屋着に着替えてダイニングに向かうと、良い匂いがしてくるのが分かる。ドアを開けるとダイニングテーブルの上に様々な皿が並んでいた。 「いや、これはごちそうだね。接待かと思ったよ。」 「そうでしょう。力作よ。知り合いから頂いたお惣菜もあるけどね…

【10月19日自宅②】(ヂメンシノ事件35)

考えている間に自宅に到着した。 平野はインターフォンを鳴らすことはない。自宅に妻がいても自ら鍵を開ける。 これは自分の性格なのだろう。平野は、自分が何かをやっている時に人から邪魔されるのが嫌いだ。勝手だとは思うが、宅配便が休日に家に来るのも…

【10月19日自宅①】(ヂメンシノ事件34)

平野は妻との二人暮らしだ。子供達はすでに独立している。 平野は宮城県の生まれで、大学も仙台だった。サラリーマン生活の大部分は東北で暮らしている。 大阪には縁もゆかりもないが、満水ハウスが大阪本社の会社であるため、現在は大阪で暮らしている。 大…

【10月某日③】(ヂメンシノ事件33)

草薙が下を向いたまま声を上げる。「と言いますと。」 「当社の利益は海外に投資されています。国内の従業員達が稼いだ汗と涙が、奥平会長の一存で海外に投下されています。この数年で凄まじい勢いで海外の投資残高が積み上がりました。この投資先の選定は、…

【10月某日②】(ヂメンシノ事件32)

ビールはサントリーと決めている。関西はサントリーだ。ずっと赤字を続けながらビール事業を育てたサントリー創業者のエピソードは関西の財界における伝説の一つだ。 女将が瓶ビールを運んできた。慣れた手つきで平野、そして草薙に注いでくれた。 「改めま…

【10月某日①】(ヂメンシノ事件31)

この日、平野は大事なプライベートのアポイントを入れていた。 元々予定されていたお客様との懇親会が先方都合でキャンセルとなり連絡を入れたところ、相手も丁度空いていた。 場所は、神戸の老舗料亭だ。 この場所であれば、まず満水ハウスの関係者には会わ…

【10月19日取締役会③】(ヂメンシノ事件30)

責任は全て平野だけにあるような話し方だった。他の取締役達は口を閉ざしている。痛いほどの沈黙が訪れる。 平野は死刑宣告をされたに等しい。もう平野には会社に居場所はないのだ。中興の祖と言われる奥平の権力は凄まじい。オーナー社長のように全権力を握…

【10月19日取締役会②】(ヂメンシノ事件29)

やはり、そう来たか。最近、奥平の怒りが平野に向きつつあることは感じていた。和久のいつもよりは甲高い声が、取締役会の議場に響く。取締役会に同席している経営企画部、秘書部、法務部等のスタッフ達の動きが凍り付いているのが分かる。いつもは、各取締…

【10月19日取締役会①】(ヂメンシノ事件28)

この日、奥平が組織した第三者対策委員会の中間報告書が取締役会で報告された。 和久取締役が委員会を代表して、取締役会にて報告を行う。和久取締役は社外取締役である。満水ハウスのプロパー社員であったわけではない。和久が創業したエクステリア企業は満…

【9月7日取締役会】(ヂメンシノ事件27)

9月7日には、五反田の詐欺事件における責任を取る形で、取締役全員の減俸処分を取締役会で決議し、発表した。 取締役会の場での奥平の発言は厳しかった。 「取締役の皆さん。今回は申し訳ない。五反田の詐欺事件の責任を皆さんにも取って頂かなければなりま…

【8月3日広報】(ヂメンシノ事件26)

8月3日には一部のマスコミやネットの掲示板で『今回の件で担当者が自殺した』との話が出回った。恐らく担当部長の井澤のことだろう。スポーツ新聞や週刊誌の記者が本社に押し掛けてきた。 満水ハウス広報は「そうした噂が流れているのは把握していますが、自…

【8月2日対外公表】(ヂメンシノ事件25)

8月2日、満水ハウスはニュースリリースを発表した。 各位満水ハウス株式会社代表取締役社長 平野恵 分譲マンション用地の購入に関する取引事故につきまして 当社が分譲マンション用地として購入した東京都内の不動産について、購入代金を支払ったにもかかわ…

【7月20日②】(ヂメンシノ事件24)

報告が終了して、一瞬の沈黙が訪れる。 取締役のみならず、取締役会に出席している全メンバーが奥平に視線を送っている。 奥平が眼鏡をかけなおし、目線を上げた。 周囲を見渡す。やはり眼に力がある。 「これはあかんやろ。」 場が凍り付いた。平野にはそん…

【7月20日①】(ヂメンシノ事件23)

7月20日の取締役会は紛糾した。 まず、五反田の詐欺事件の現時点での調査内容が報告された。 詐欺師グループと接点を持った経緯に不審な点はないこと 偽所有者の本人確認はパスポートにて実施しており精巧な偽造だったこと 所有権移転登記の仮登記申請時は実…

【続報】(ヂメンシノ事件22)

警察からの情報だったが、6月24日に真の所有者である篠原氏は死去した。満水ハウスが詐欺にあったことが判明してから、わずか数週間のことだった。本人は近年はずっと入院していたようだった。それが地面師グループに目をつけられた要因だったのだろう。 平…

【暗転②】(ヂメンシノ事件21)

平野は奥平の携帯電話に直接電話していた。5回、6回、7回。呼び出し音は鳴っているが繋がらない。 海猫館の詐欺について奥平にメールを送ることも一瞬考えた。いや、やめておこうとすぐに自らの考えを否定する。このような大きな問題では、メールではなく直…

【暗転①】(ヂメンシノ事件20)

昼食が終わって少し経った時間だ。 スマートフォンが鳴った。常務の真中からだった。自分に直接電話してくるなんて珍しい。何かあったのか。 「もしもし、平野です。どうかしましたか?」 「平野社長、お忙しいところ申し訳ないです。担当直入に申し上げます…

【会社人生】(ヂメンシノ事件19)

伏線はあったのだ。 しゃべらない所有者。内容証明郵便。不法侵入での任意同行。財務担当の持ち物が少しみすぼらしかったこと。しかし、パスポートで本人確認を行い、所有権移転の仮登記もきちんとなされた。そして、物件には鍵を開けて内覧もできた。これで…

【登記却下】(ヂメンシノ事件18)

6月7日(水)に大きな動きがあった。 司法書士の荒井が、慌ただしく井澤のオフィスに訪問してきた。まだ夏にもなっていないのに汗だくだ。顔を拭うハンカチはタオルタイプのものだった。ラルフローレンのマークが入っている。色はピンクと紫の組み合わせだ。…

【物件引渡】(ヂメンシノ事件17)

物件の引き渡しは6月4日の日曜日だ。通常は平日に売買物件の引き渡し、売買代金の支払を行うものだが、今回は休日となった。 売主側の希望だ。銀行での振込と着金が確認出来ないから、通常は休日には物件の引き渡し、資金決済をしないのが業界の一般常識だ。…

【最終内覧②】(ヂメンシノ事件16)

内覧は短時間で終了し、揃って外に出た。 大山が勝手口を施錠し、敷地の外に出たところで警官から声をかけられた。 「ちょっとよろしいですか。」 2名のうち、小柄で丸顔の警官が声をかけてきた。眉毛が濃く、童顔だ。 「五反田警察ですが、少しお話を聞きた…

【最終内覧①】(ヂメンシノ事件15)

6月1日は物件の最終的な内覧の日だった。 既に井澤は物件自体を2回見ていたが、今回の取引は現状有姿での引き渡しだ。つまり、売主は建物をそのままの状態で満水ハウスに引き渡す。満水ハウス側からすると建物には価値は無いし譲り受ける必要も無い。満水ハ…

【予兆】(ヂメンシノ事件14)

5月の中旬に入ると、問題が起き始めた。 篠原氏の名前で内容証明が本社に送られて来たのだ。内容証明には、満水ハウスが契約した篠原は本人ではなく、売買契約は無効だとの記載がなされていた。末尾には男性の名前も書かれている。息子のようだった。 本社法…

【売買契約②】(ヂメンシノ事件13)

仮登記に必要な書類は登記原因証明情報および登記義務者である所有者の印鑑証明書だ。不動産の登記は何の原因もなく自由にできるわけでは無い。当然に原因があるはずであり、それを証明するのが登記原因証明情報だ。 2004年の不動産登記法改正前は、登記原因…

【売買契約①】(ヂメンシノ事件12)

その後はトントン拍子に事が進んだ。 4月17日には平野の東京出張に合わせて物件の現地確認を実施した。ただし、これは社長車に真中が同乗し、立地・外観を確認するにとどめた。どうせ建物や庭は壊すのだから、中に入る必要はないからだ。平野も立地の確認で…

【やるしかない】(ヂメンシノ事件11)

常務である真中の指示により、井澤の所属する東京マンション事業部は、五反田の海猫館への取得にすさまじい勢いで動いた。 真中からの平野社長宛の一報に始まり、土地の正式な物件調査、所有者および仲介者のコンプライアンスデータベースとの照合と続く。 …

【建築家と会長②】(ヂメンシノ事件10)

石橋に対する奥平のライバル心は凄まじかった。例えば、石橋が勲章を受けた時も「なぜ自分が貰っていないのだ」と怒り心頭だった。その後、様々な手を使って奥平が勲章を受けられるように手配したのは平野だった。所管省庁である国交省への働き掛けのみなら…

【建築家と会長①】(ヂメンシノ事件9)

日本の有名な建築家に堂安がいる。この建築家は国際的にも有名だ。 堂安建築といえば、コンクリート打ち放しのミニマルなデザインを思い浮かべる人が多いだろう。一般の人でも名前を知っている稀有な建築家なのだ。重厚感を感じさせる建築が特徴であり、個人…

【競合先】(ヂメンシノ事件8)

平野のデスクの電話が鳴った。 「社長。」 秘書の成田の声が響く。今日も活舌の良い声だ。無駄も一切感じられない。 「マンション事業本部の真中常務からのお電話ですが、取り次いでよろしいでしょうか。」 「ああ、繋いでくれ。」一瞬の沈黙がある。 「真中…

【来訪②】(ヂメンシノ事件7)

「まず、少し誤解があるかもしれませんね。篠原さんは、御社に完全に売ると決めた訳ではありません。他にもかなりの値段でお申し込みがある大手さんがいるんですよ。しかし、御社が有利なのは間違いありません。」 場が凍り付いたのが分かった。井澤の横で、…