事実はケイザイ小説よりも奇なり

経済を、ビジネスを、小説を通じて学んでみる

帝國銀行、人事部81

会議室に入ると青木は奥の席に田嶋を案内し、自分は入り口側の席に腰を下ろした。 田嶋は青木が話し出すのを待った。青木は無表情で、どのような用件かのヒントも読み取れない。 「田嶋さん。ご多忙の人事部の主任調査役にお越し頂いて申し訳ありません」青…

帝國銀行、人事部80

まだ肌寒さが色濃く残る3月の夕方に監査部の担当から田嶋宛に連絡があった。すぐに監査部の会議室に来てほしいという。田嶋は別フロアの監査部に向かった。 監査部は年次の高いベテラン行員が配置されることが多い部署だ。今後の支店運営を担うためのステッ…

帝國銀行、人事部79

旧Yの店舗は、出張所や小型店舗を含めて、所属員は平均20名だ。177店舗×20名=約3,500名が働いていることになる。 総務部は、神奈川県内の既存店舗の半分を閉店とする計画を策定している。単純計算して、約半数の行員が不要となる。それにデジタル化・セン…

帝國銀行、人事部78

帝國銀行では、基本的に①窓口での受付でタブレット端末を使う等、極力デジタルで処理する、②残っている「紙」の事務を光学読み取り機(OCR)で処理するか、センターへ集中する、の2点を個人店舗の効率化施策として掲げている。この2点のポイントは「人手…

帝國銀行、人事部77

田嶋は旧Yの神奈川県の店舗を現在は担当している。そして、伊東に命じられてリストラ候補者のピックアップを進めてきた。 リストラ候補を選定する際には、当たり前だが、人事部に収集された全ての行員のデータおよび評価を確認することがスタートだ。行員と…

帝國銀行、人事部76

「スマートフォンは今や会社のシステムを使える環境に設定していることが一般的です。移動時間だろうと会社のメールをチェックし、場合によっては会社のサーバー上にある資料を編集・作成することもあるのです。新幹線に乗っている時に、会社の上司からメー…

帝國銀行、人事部75

田嶋はもう一度、ページを戻って労働時間の定義を見るように参加者に促す。 「三菱重工長崎造船書事件では、労働時間とは、従業員が会社の指揮命令下に置かれている時間をいうとされています。労働基準法上の労働時間に該当するか否かは、従業員の行為が会社…

帝國銀行、人事部74

ここまでのところは参加者が理解しているだろうか。田嶋は参加者の顔を確認したが、理解できていない担当はいないようだった。 「出張のための移動は会社の指示に基づくものであることは疑いがありません。そして移動中は飛行機や電車等に乗っていなければな…

帝國銀行、人事部73

勉強会開始は8時30分。アドバイザーという名のお目付け役は副部長の伊東だ。 「では、お手元に資料はありますでしょうか。今回は出張中の移動時間と残業について確認しておきます」田嶋は出席者を見廻し、問題がないことを確認した。 「出張は皆さんも普通に…

帝國銀行、人事部72

銀行の人事部担当は、法制度、判例の動向をかなり細かくチェックしている。油断すると法令違反に問われかねず、ブラック企業の烙印を押されることもあり得る。 この日は、人事部に異動してきて日が浅い担当者を集めての勉強会が開催されることになっていた。…

帝國銀行、人事部71

しばらく電話の向こうから音が聞こえなかった。沈黙だけが続いた。そのうち、猫の声のような音が少しずつ携帯電話から聞こえていることに気付いた。裕子が泣いていた。だんだんと鳴き声は大きくなり、数分続いた。田嶋は裕子が何を考えているか分からなかっ…

帝國銀行、人事部70

結婚したのは31歳の時だ。お互いに結婚を意識してはいたが、具体的な話はしていなかった。 しかし、田嶋は銀行員で、銀行員には転勤が付きものだ。付き合ってから1年も経たないある日、突然、支店長から呼ばれ、大阪の支店への異動を言い渡された。1週間後に…

帝國銀行、人事部69

地区を統括する部長の目にかない、入社4年目で賃貸アパートの営業となった。賃貸アパートの女性営業職は他社にもほとんどおらず、裕子はアパートのオーナー達からかなり可愛がられたようだ。複数棟の建築を依頼してくれ、さらに友人を紹介してくれたオーナー…

帝國銀行、人事部68

田嶋の妻は裕子(ゆうこ)という。大手ハウスメーカーの満水ハウスに勤めている。満水ハウスはプレハブ住宅の最大手で、主に戸建と賃貸アパートの建築請負が主な業務だ。二人の間に子供はいない。 裕子とは、社会人になってから知り合った。同じ年齢で恋愛結…

帝國銀行、人事部65

銀行員は『人事が全て』と言われることもある。つらく、つまらない仕事が多いが耐え偲べば役職で報われるのだ。そして、偉くならなければ自分の意見は通せない。突然の転居を伴う異動を命ぜられることもしばしばだ。転勤一つでも家族には大きな影響かあるの…

帝國銀行、人事部64

田嶋は副部長の伊東から個室の会議室に呼ばれていた。 時刻は20時30分。そろそろ帰りたい時間だったが、急に呼ばれたのだった。今日は自宅でご飯を食べると伝えたので、妻が何かしらの準備をしてくれているはずだ。もし、食べられなくなってしまったら申し訳…

帝國銀行、人事部63

「他に質問はあるか。何でも良いぞ。伊東君が珍しく興奮しているようだが、それだけの問題なんだ」山中がハリのある太い声で話しながら、周囲を見渡す。田嶋と目が合った。何か聞け、と山中が促しているようだった。田嶋と山中は比較的仲が良い。旧行は異な…

帝國銀行、人事部62

田嶋の視界の隅で手が上がった。あれは、四国担当の橋本だ。 「すみません。質問宜しいでしょうか」 「どうぞ」伊東が短く答える。 「廃店される店舗の総合職は異動させてしまえば良いので問題はないのですが、総合職が少なくほとんど一般職だけで運営してい…

帝國銀行、人事部61

『入社して配属されないと、どのような仕事が出来るか分からないこと』『自分の意思に関係なく違う職種に異動させられたり、転居を伴う異動をさせられること』は時代遅れと言われてきた。学生は就職時にこの観点で企業を選ぶことも多いだろう。このような働…

帝國銀行、人事部67

伊東は相変わらず田嶋をモノのように見ている。伊東の目は眼鏡の奥でビー玉のように光る。何の焦点も結ばず、感情も伺えなかった。まるで人形のようだ。 「当行に旧Yを食わせていく余裕は無い。これは業務命令です。旧Yの神奈川県内の店舗と事務担当の人員を…

帝國銀行、人事部66

「何度も言いません。旧Yすなわち我々の出身行の行員をリストラして欲しいのです。神奈川の店舗を田嶋さんが担当するのは、旧Yの店舗のみならず旧Yの行員のリストラをうまく着地させることを期待しているからです。田嶋さんは誰から見ても良い人です。君の仕…

帝國銀行、人事部60

一般職を無くした他の銀行も結局は何らかの形で一般職を復活させている。理由は、大量の事務だ。例えば、転居を伴う異動がある総合職と転居を伴わない総合職の2職種に人事制度を整理したとしても、実質的には転居を伴わない総合職がいわゆる一般職的な業務を…

帝國銀行、人事部59

総合職という職種が生まれた背景は、一言で言えば高度成長時代という時代にある。企業が規模も事業も急激に拡大させていく時代であり、新しい営業店、事業所、部署が次々と生まれていった。その企業の拡大に合わせて柔軟に従業員を移し、配置する必要があっ…

帝國銀行、人事部58

田嶋のみならず、他の人事部メンバーも息をのんでいた。とうとうここまで来たのだ。田嶋の世代は銀行が倒産する時代を知っている。不良債権処理で厳しい環境を過ごしてきた。しかし、若い世代は銀行が潰れるとは思っていないだろう。何と言っても就職人気ラ…

帝國銀行、人事部57

ここまで一気に山中は説明した。原稿は見ていない。本気だ。会議室の雰囲気が急激に変わる。山中の声以外に一切音がしない。山中の発言が止まった瞬間に耳が痛くなるほどの沈黙が会議室を包んだ。 「分かるか。私は本気だ。そして頭取含め役員は本気になった…

帝國銀行、人事部56

田嶋がそのように考えていると、すぐに山中部長が話を始めた。 「お疲れさんです」山中は人事部長ではあるが、いわゆる官僚的な人物ではない。国内の法人営業畑で、幅広い人脈とシンパを持つ。身体は大きく、首は無い。いわゆるアメフト体型だ。自身は大学4…

帝國銀行、人事部55

10月上旬、下期の戦略会議が帝國銀行人事部の管理職を集めて行われた。単独の部であるにもかかわらず、合計すると100名は下らない。 9時から開始だった。10年前の人事部ならば8時や19時スタートというのもあり得た。しかし、今は人事部が率先して働き方改革…

帝國銀行、人事部54

山内が泣いたような目で田嶋を見つめる。 「田嶋君の手を私が握った写真を撮ったのは岩井支店長なの」 ふいに田嶋は現実の世界に引き戻されたような衝撃を受けた。 「え?」 「そう。私は裏切り者なの」 「山内さんは何を言っているの」 「聞いて。岩井支店…

帝國銀行、人事部53

翌日、岩井の人事異動が発表された。銀行の人事異動では理由は明かされない。その後、しばらくしてから岩井はパワハラで飛ばされたとの噂が流れた。それだけだ。尚、中野坂上支店から仙台支店に異動した稲垣は、しばらくしてから真島と結婚した。真島はその…

帝國銀行、人事部52

出勤すると伊東がすぐに会議室に来るように指示を出してきた。机からノートだけを取り出して、伊東の後を追う。いつもの殺風景な会議室に山中がいた。伊東が自然な形で山中の横に座る。田嶋は山中の目の前にテーブルを挟んで座った。今日の山中のネクタイは…